「バイトと男と女と思い出@」


 珍しいのかどうかは分からないが、僕は1つしかバイトを経験した事がない。しかも五年近くだ。居心地が良かったというのもあったし、かなり時間に融通が利くという理由もあった。男に比べて女の子が多いという理由もあったが、それはあえて第一理由にはあげないでおこう。
 私がやっていたバイトの言うのは簡単に言えば巨大なデパートみたいな所だった。たくさんの部門があり、日用品、ペット用品、レジャー用品などと分かれていた。一人ではとても全部門できるわけがないので、バイトもそれぞれの部門に分類され、仕事をしていたのである。
 そんな中で、僕は園芸部門にいた。つまり、植物関係である。植物そのものや、それに関する土や肥料関係、そこらへんをずっとやってきた。ちなみに実際やっていた事は、土を出したり、プランターを出したり、花に値段をつけたり、と言った初歩的なものから、毎週の発注までやっていた。人手が足りなかったからなのか、はたまた僕がなかなか出来る存在(これ、自慢ね)だったからなのかは知らないが、後半はそんな事までやっていた。
 が、しかし、今回はそんな園芸の忙しさや仕事の内容などを語る気はまるで無い。これを読んで「俺もそんな仕事がしたい」とは決して考えないだろうし、それを語っても僕自身が楽しくない。今回メインに書きたいのは、そんな長いバイト生活の中で起こった様々な出来事である。


 まずはお客さん関係から行くとしましょう。デパートのようだと言ったが、つまり僕は接客もこなしていたという事である。「この商品ってどこにあります?」みたいな些細な質問から「この花に効く肥料ってどんなヤツですか?」のような専門的なものまで、実に様々だった。最初こそ戸惑ったが、1ヶ月もしない内に随分と慣れてきて、
「暇だな。誰か話しかけてこないかな?」
 てな事まで考えるようになった程だ。だが、中にはやっぱし相手にしたくない客というのはいる。
 園芸のお客さんは高年齢の方がほとんどである。若い人で「園芸が趣味」という方はあまりいない。その為、一番困ったパターンが、
「すみませんが、〆〇‖≠〇〜×はどうなのかね?」
 というヤツである。お年寄りの方には失礼だと思うが、何を言っているのか聞き取れないのである。確かに歳をとれば色々と問題も出てくるだろう。だが、やっぱしこちらとしてイライラしてしまう。
「はっ? 何ですか?」
「だから、〆〇‖≠〇〜×だよ」
「‥‥もう一回、ゆっくりとお願いします」
 という押し問答が繰り返される。これはきつい。相手に失礼の無いようにするのは接客の常識だが、聞き取れないものは取れないのである。これで怒られた事もあったが、そんな事言われても分からないものは分からない。ちなみに、怒る時だけはちゃんと聞き取れるから不思議である。
 あとは苦情。特に植物のような生物系の仕事をした方は、一度はこれを経験したであろう。つまり、
「ちょっと! この花、全然咲かないわよ。お金返して!」
 というパターンである。これは非情に困る。「この魚、食べたけど美味しくないわよ!」と言っているのと同じであって、僕達に一体何をしろと言うのだ、と言いたくなってしまう。
 同じ花を買って、ちゃんと育てられる人もいる。そういう人がいる限り、花が咲かない系統の苦情には答えられないのである。しかも、植物自体はお客さん自身の目で品定めされている為、
「でも、それを選んだのはあなたでしょ?」
 という文句が言えてしまうのである。更に更に、その植物をそのお客さんがどういう風に育てようとしたのか分からない為、ますます答えられないのである。
 そして、一番困ったパターンが、意味の分からない怒りをあらわにする人である。
 園芸以外にも仕事はたくんさんある。その為、その売り場の前を通るとその部門の事で質問される事があるのである。以前、ペット用品の前を通った時に、あるおじさんから、
「この鳥、どれがオスなの?」
 と聞かれた事があった。ペット用品は生き物そのものも扱っていて、その時期はたまたま小鳥も扱っていたのである。
 檻が2つあり、それぞれに小鳥が何匹が入っているのを見た僕は、
「こっちがオスですよ」
 と答えた。だが、それは大きな間違いだった。実はオスメスはグッチャで、更にその事を詳しく知る方がその日はいなかったのである。
 僕の上司がその事をおじさんに告げた。僕もすいません、と謝った。これで終わると思った。だが、何故かそのおじさんはキレたのである。
「いやね、その子がこっちはオスだよって言うもんだからね」
「だからですね、それは彼の間違いでして、実はグッチャなんですよ」
「だから、そういう事を聞いてるんじゃなくて、その子(僕ね)がこっちがオスだよって言うんだよ」
「ですから、それは間違いでして」
「だーかーら、彼はこっちがオスだって‥‥」
 という問答が永遠と(実際には5分くらい)繰り返されたのである。
 皆さん、今のやりとりの意味分かります? 分からないでしょ? 確かに僕が間違えたのは悪いとは思うものの、そのおじさんが何故その事を認めようとしないのかがどうしても分からなかった。違うんだから、違うんだって! それがそのおじさんには分からなかったのである。
 結果、そのおじさんは怒ったまま帰り、僕は上司からプチ怒りを食らった(上司もそのおじさんの言っている意味が分からなかった為、同情されてお叱りは凄く少なくて済んだ)。接客の仕事を経験した事のある人は、僕のようにわけの分からない客に出会った事があると思う。
 あういう時、接客って困りますよね。大人がテレビで「最近の若いヤツは〜」なんて言うのを見たりしますが、僕からすれば「最近の大人ってヤツは〜」である。
 大人さんよ! 商品は元あった場所に戻してください!


 はてさて、次は上司や男の友人関係と行きましょう。
 僕の職場は、上司がよく変わる。店長など、五年の内に六回くらいは変わったと思う。変わる度に規則のようなものがちょこちょこ変わるので、バイトやパートとしてはたまったものではなかった。
 若い店長だったら、茶髪やピアスがOKなのに、おっさんになると途端にダメになったりする。昼食の時、外に買い物に行ってもいい時があったり無かったり、と。その変化に耐えられずやめてしまった女の子もいた程だ。
 で、うちの場合、店長以外に各部門にそれぞれ上司というか担当者がいる。僕に直結して関係があるのはそちらの方で、こちらも店長と同じく結構変わる。
 僕が初めてそのバイトをした時、上司だったのが歳が30くらいの兄ちゃんだった。奥さんも子供もいる、ちゃんとした大人だったのだが、とにかく口が悪かった。もっと言うと、態度も悪かった。何度飛び膝蹴りを食らったか覚えていない。
「てめえ、○○○ついてんのか?」
「この‥‥○○○野郎!」
 という女性の前ではとても言えないような事も平気で言う人だった。一言で言ってしまえば、「出来の悪い中学生がそのまま成長してしまった」という感じだったのである。
 でも、勘違いしないもらいたいのが、僕は別に苛められていたというわけでもなく、その人が大嫌いというわけでもなかった。その人は誰にでも(勿論、お客さんにはそんな態度しなかったが) そういう態度をとっていたし、他のバイト君も似たような事は言われていた。
 それに、その人から学んだ事は結構あった。POP(○○100円みたいな事が書いてある紙の事)の書き方や、売り場の作り方など、今思えば僕の基盤はその人が作ったと言っても過言ではないだろう。
 他に強烈に残っているのがKさんとNさんである。
 Kさんはおそらく今までのバイトの生活の中で最もお世話になった人。歳は50くらい(本人は最後まで18と言い張っていたが)、奥さんと子供もいる、「気もいいおじさん」だった。その人とは食事に行った事もあったし、パソコンまで貰った。とても可愛がられたのである。ちなみに、そのパソコンは思い切りPC9801だったので、ほとんど使えなかったですが。
 で、その人はいい人で僕も好きだったが、逆に言うと物凄く僕を頼りにしていた。つまり、かなりの仕事を頼まれたのである。「あんたの仕事やろ?」というような仕事まで頼まれた。あの時の僕はそれはもう働いた。働きすぎてヘルニアになってしまった程だ。まあ、ヘルニアになったのはそれだけが原因ではないと思うが、ただの一バイトにとしては、かなりのハードワークだったのである。更に五年のバイト人生の中で三年近くお付き合いをしたので、俺のハードワーク人生は結構長かった。まっ、その分メシ奢ってもらったりと、優遇もされたんだけどね。


 そしてもう一人がNさんである。こちらはプライベートなお付き合いは無かったのだが、とにかくその人柄が面白かった。その人は30くらいのおっちゃんで、その歳にして既に頭がやばかったという、悲しい人だったのだが、非情に親しみやすい性格が好印象だった。
「頼むよ、チミ〜」
 というのが口癖で、それが聞いてて何とも楽しかった。仕事に嫌気がさして辞めてしまったのだが、あの人とはもっと長く付き合っていたかったな、と思う数少ない人の1人である。
 仕事をする上で、上司というのは大事な存在である。その人によって、仕事が楽しいかどうか決まると言っても過言ではない。その点で言えば、僕は非情に恵まれていたと言えるだろう。


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